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夢を見ながら号泣

おはようございますrisacoです。ここ最近、夢を見ながら号泣することが度々あります。子どものように声をあげて泣く自分に「はっ」とします。笑

だいたい号泣するときは決まって、夢を見ながら客観視してる自分がいて「そうか〜、そうだった」という気づきが起きます。

今朝の夢もそう。

昔の職場に勤務する夢。全く歓迎されていなくて、理解されない、分かり合えない、ダークな感情が渦巻く、、、そしたら急におじいちゃんが出てきて¥4500しか持ってないのに¥2000 くれた夢。笑

そのおじいちゃんの愛、大切に想ってくれていた愛、無償の愛、それを感じたらその先につづくご先祖さまたちのことも感じ、こうやって想いを繋ぎ精いっぱいやってくれたこと、先祖の功績を感じました。

それともう1つ、まだ、わたしの中に「理解されない」「分かり合えない」という想いが残っていたことに気づきました。それを胸の奥に抱いていたことで、ほんとうは当たり前に「分かりあえる」存在であるスピリットを「分かり合えない」というところに閉じ込めて制限していた。

自分自身の、そして、相手の、先祖の魂に対しての大きな大きな労いの想いがありました。


「わたしたちは当たり前に分かりあえる」

それを妨げてる記憶・感情に気づいたら愛を込めて、敬意をもって、手放せばいい。持っていたいなら持っていてもいい。それで大切な気づきもあるから。
ふう、大きな大きな気づきを体験し朝から一仕事終えたような達成感があります。笑

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