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死ぬこと。鬱について。

最近、鬱の方とヨガをご一緒する機会が増えました。薬がやめられない方、仕事ができない方、が圧倒的に多く悪循環のループから抜け出せない、そんな方が多いです。

でも、みなさん、ヨガをしてる時は集中できてて好きだとおっしゃってくれます。

少しでも、ヨガの時間が、何かリセットしたり、何か気づくきっかけになれば幸いです。

よく「わたし鬱なんです」と言われて疑問に思うのは、、、

どこからどこまでが鬱なの???

ということ。

どうなると鬱じゃなくて、どうなると鬱なの?

先生に鬱って言われたら鬱なの?

鬱のチェックリストに当てはまったら鬱なの?

どうゆうことでしょう。

「わたし鬱なんです」

「あなたは鬱です」

その言葉の呪縛に縛られてないかな?

あなたの症状をなんと呼ぼうが呼び方はなんでもいいけど。鬱です。といえばなんとなく安心するような、なんか、変だなあ。

わたしからしたら、

鬱?だからなに?という感じ。

自分の状態に気づいていこうよ。

あなたがなんと呼ばれようが、

今の体に起きてること、身体の感覚、心の状態をちゃんと感じて、自分が今、気持ち良いと思えることしましょうよ。それだけです。

病名はなんだっていい。関係ないから。

身体を感じる。

心を感じる。

それを置き去りにしてきちゃうから生命はもう一度生命を目覚めさせるために病気を引き起こす。根源的なものに目を向けることが大事。

*

*

*

みんなの話を聞いてると、わたしもそうゆうことあったな〜と思うことがたくさんあります。その時、わたしも病院に行ってたら「鬱」と呼ばれたんだろうか?なんて思う。

『楽に死にたい』

これしか願いが出てこない。

そうおっしゃってました。

わたしもそうゆう時ありました。

死ぬことを考えていた時期がありました。

見るものが全部死につながっていく。

どうしたら死ねるかなって。

それをとことん考えた。

死ぬこと考えまくると鬱なのかな?

わたしが死ぬこと考えまくってたのは、生きることについて考えまくった時期。ヨガのことも深く知り、身体が調子よくなるのもわかってる。でも、全ては必要なプロセスで、苦しみも喜びも必要だから起きてる?じゃあ、病気になることも、気づきのためのプロセス。悪いことしたって、それはカルマ。学べば学ぶほど、生きることが分からなくなった。

全ては必要なプロセスで、今が、最善で、最適。

そう分かったら、じゃあ、何もする必要ないじゃない。そんな風になった。悟り鬱っていうらしいね。

そしたら、身体はどんどん病んでいって病気になった。しんどくて寝込んでいたのだけど、自分の身体が熱を出してる、その様子に「身体は生きてる」ことを実感した。自分がどれだけ、ネガティヴに、マイナスに、終わることばかり考えたって、身体はいつでも「生きる」ことに向かってる。

死ぬことを考えまくった結果、、、

どう考えたって苦しそう。

生きるのも辛いけど、死ぬのも辛いんだな〜。

生きることも死ぬことも大変なら生きとこうか。

そんな感じだった。

*

*

死ぬこと、考えちゃうなら考えればいいと思う。

究極な話、死を選ぶならそれでもいいと思う。

*

でも、命って今しかないから。

*

貴重なこの命で体験できることってまだまだあるよね。そう思う。死ぬくらいの覚悟で生きる。

*

わたしは、とことん死ぬことを考えまくった結果、今を生きる!今を生き切る!という意識になった。

*

だから、考えまくったっていい。

薬でコントロールして、いつも良いことだけを見ようとしないで。ネガティヴもとことんやれば、反転するよ。

*

明日死ぬかにように、今日を生き切る!

そんなに死ぬことについて考えてるなら、明日死ぬ覚悟で、今日を真剣に生きてみようよ。

今を真剣に感じようよ。

生命はまた輝きを取り戻す。

1日の終わりに聴く曲

何か1つ大切なものを

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わたしは人生どん底、真っ暗時代にヨガに出会いました。ヨガしてる時は幸せ。それだけだっていいじゃない。何か1つ、夢中になれること、大切にしてみよう。

❤️わたしはヨガで出会うみなさまの可能性を信じています❤️

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