BLOG

現実はいつも中立

こんばんはrisacoです。

ふと、思い出したできごと。

つい先日のこと、数人で集まり会話していたときのこと。ある人が放った言葉に対して、それを聞いたもう1人が「なんでそんなひどい言い方するの?」みたいな空気になりました。

そんなときってないですか?

これまでわたしは、人と人が関わる以上はどこかで、場をわきまえ、気遣い、言葉を選び、うまくその場がまとまるように、、そんな生き方をしてきましたが、、ガラリと変わったいま「ありのまま」を尊重する生き方を選んでいます。そんなわたしがであったこの場面。

ありのまま、に言葉を放った人と、そこに傷ついた人と。そんなふたりを見ていたわたし。それは、どこかズレが生じていて、調和と反対の空気だった。

そんなことをふと、思い出したのですが、、、

現実はいつだって中立なんです。

相手の放った言葉の中に「冷たさ」や「酷さ」を感じるのなら、、、やっぱり、中立に捉えられない受け取りての歪みが映し出されている。

そして、ニュートラルな視点で、ものごとを捉え、本質につながる意識で言葉を放ったとき、やはりどんな内容であれ、その響きは調和のバイブレーションとして響いてゆく。

そして、、それを見ていたわたし自身でさえも、目の前で起きてる現実は中立。それを、不調和に感じたのならやっぱり、わたしの中にズレがあったということ。中立現実であれば、さーっと流れてゆくけれど、残っていたのは、わたしの中にあるものが映し出されていた。

現実はいつだって中立。

もしも、中立に見えないのなら、そんな自分を捉えるチャンスとして使っています。

中立に捉えられない現実を使い、これまで使ってきた自分の周波数を外すことをしています。(手放す)

それは、自分をごまかしたり、見ないふりするのとはまるで違う。しっかりと捉えて、自分から外してゆく。そうすることで、現実がクリアになってゆく。

目の前の現実に影響を受けて、自分の感情が生まれていた世界が、、、

自分の感情が目の前の現実を創り出す世界へと逆転する。

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

PAGE TOP