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私たちは何になりたいのか

こんにちは大樹です

久しぶりにブログを書きます。

人間はかつてマインドはありませんでした。

遠い遠い昔です。

それがある時から、生きるのが難しくなってきて、思考を使うようになりました。

マインドです。

生き残るにはマインドの働きを保つ必要があり、

それはたえず「何かになろう」という活動です。

貧しいなら裕福になろうとし、弱いなら強くなろうとし、

バカなら勉強をし、無名なら有名に、

ブサイクなら綺麗になろうとし、

そこに「なろう」が常に存在します。

不健康なら健康になろうとします。

そこで一つの答えをいうと、

マインドは「なろう」とする活動にすぎないのです。

ですから、

マインド(思考)を抑えたいとか、

満たされない心を豊かにしたいなら

「なろう」としなければいいだけでした。

ここで一つ注意点

そうは言ってもこの世界は創造主、

または、自分が「体験したい」という意志から始まりました。

ですから、何かになろうとすることも「体験」の一部でもあります。

しかし、もういい加減、満たされない体験はいらないなら

「なろう」をやめることです。

「なろう」をやめてみてください。

ま、それがとてつもなく難しいのですが。

でもまずは「全てをあきらめる」ところから

はじまります

お金を稼ごう 健康になろう 綺麗になろう 名誉をつけよう 資格を取ろう 地位を築こう 知恵をつけよう 賢くなろう センスを磨こう いい家に住もう 人脈作ろう いい子になろう あそこに住もう 、、、、、

それらを捨て

素っ裸になってみませんか。

実際僕は、10年前に消防士という地位と名誉と安定と将来とお金とプライドと資格を捨て、両親と地元とパートナーなど、全て捨て沖縄へ移住しました。

その時感じたのは、「生きている」実感でした。

同時に何もない自由さと初めてのことで不安も出ました。

しかし、その行動のおかげで数々の「なろう」がなくなり、心は満たされました。

それから10年、ずっと「なろう」を手放し続け、

去年は治療家を手放し、お金と知恵と地位と技術を手放しました。

おかげで心はますます豊かになりました。

今はアルバイトしかしてません。

それでも魂史上、一番幸せです。

「なろう」を全て無くした結果、ようやく

魂の目的が見えてきました。

あとはそれを楽しんでいくだけです。

それは「なろう」でなくて、すでにあるものでした。

それ自体が自分でした。

それ自体が分け御霊でした。

とはいうものの、これまでの体験は

全て必要であったし、有意義な分離体験でした。

 

よろしければ、下記の文の私を自分に置き換えて唱えてみてください

私はずっと何かになろうとしてきました

何年も、何十年も

ずっと何かに憧れ

何かをうらやんで

なろうとしてきました

それでどうだろう

結局何にもなれなかった

私は私のままだった

もう終わりにします

何かになろうとするのを

このままで好きなことをして生きていきます

 

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